第13章 ひゃくじろう

北原秀次がドアを閉めると、小野陽子は長いため息をつき、携帯電話の画面に表示された110の数字を消して、バッテリー残量が少なくなっていることを確認すると、すぐにスタンバイモードにした。そして、慎重に数歩前に進み、弁当箱を手に取った。

温めた弁当からは香りが漂い、思わず唾液が出てきそうになった。確かにお腹が空いていた。

少し考えてから、食べる勇気が出ず、我慢して弁当箱の蓋をしっかりと閉め、バックパックに入れ、それを角に隠してから急いで階下へ向かった。

アパートを出るとすぐに影に身を隠し、慎重に周囲を観察した。幸い、この場所は人通りが少なく、それで少し安心した。

排水溝に沿って道路を慎重に歩きながら、小声で呼びかけた。「百次郎、百次郎...」

「ニャー！」彼女の声に驚いた野良猫が鋭い鳴き声を上げ、彼女を驚かせた。その猫は壁から飛び降り、傲慢な目つきで彼女を見てから悠々と歩き去った。

小野陽子は胸をなでおろし、再び周りを見回しながら「百次郎、どこにいるの？」と呼びかけた。

「ワン！ワン！」小さな犬の鳴き声とともに、排水溝から子犬が這い出してきて、尻尾を振りながら小野陽子の足元に飛びついてきた。とても嬉しそうだった。

小野陽子は一気に抱きしめて、喜んで叫んだ。「百次郎、ここにいたのね！」

百次郎は彼女の手を舐め、さらに頭を彼女の胸に押しつけ、顔も舐めようとした。

小野陽子は犬の頭を押しながら、くすくす笑って言った。「だめよ、臭いわ」

子犬と少し遊んだ後、すぐにここが安全ではないことに気付き、急いで周囲を警戒しながら、子犬を抱えて影に隠れ、一気にアパートまで走って戻った。

子犬を地面に降ろし、指を唇に当てて「シーッ」と合図を送り、小声で言った。「吠えちゃダメよ、百次郎」

子犬はとても従順で、そこに座って尻尾を振りながら、「ハァハァ」と小さく息をするだけで、一切鳴かなかった。

小野陽子はバックパックを引き寄せ、弁当箱を取り出すと、百次郎は香りを嗅ぎつけ、急に目を輝かせ、尻尾をより激しく振り始めたが、まだ鳴かずにじっと待っていた。

小野陽子は弁当箱の蓋を彼の前に置き、少し申し訳なさそうに小声で言った。「百次郎、多分毒は入ってないと思うけど、せいぜい睡眠薬くらいかな...私が眠ってしまったら大変だから、もし君が眠ってしまっても私が守ってあげるから、まず味見してくれない？ごめんね、ごめんね、お兄さんは良い人そうだから大丈夫だと思うけど、明日はもっと美味しいものを持ってきてあげるから」

百次郎は理解できないようで、舌を出して首を傾げ、暗闇の中で緑色に光る瞳で期待に満ちた様子だった。

「お腹空いてるのね！」小野陽子はそう言いながら、鶏肉を少しちぎり、ご飯と野菜も少し取って弁当箱の蓋に載せた。百次郎は鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、尻尾をプロペラのように激しく振り、「ハァハァ」という息遣いも荒くなり、すぐに小野陽子を見上げて命令を待った。

小野陽子は嬉しそうに犬の頭を撫で、笑って言った。「さあ、食べていいよ！」

百次郎はすぐに頭を下げて貪るように食べ始め、「モグモグ」という音が小野陽子の空腹感をさらに強めた。百次郎はすぐに食べ物を平らげ、弁当箱の蓋まできれいに舐め、小野陽子は少し迷ってからもう少し追加した。「半分ずつにしましょう！ゆっくり食べてね、私もお腹空いてるの。これ以上はないからね」

百次郎は子犬で、おそらく生後2、3ヶ月くらいだったため、半分の弁当を食べ終わると口の周りの油を舐めながら満足げな様子で、小野陽子の足元に寄り添って媚びを売った。小野陽子は犬を抱き上げ、優しく背中を撫で、時々お腹を掻いてやると、気持ちよさそうにうっとりしていた。

「百次郎、通りでの生活はどう？通りではむやみに走り回らないで、車に気をつけてね。他の犬とケンカもしちゃダメよ。犬捕りに会ったら私が教えたように、すぐに排水溝や下水道に逃げ込むのよ、分かった？」小野陽子は犬の毛を梳きながら、小声で話しかけた。「私が自分の家を持てるのは多分10年後くらいかな。その時には百次郎も年を取ってるでしょうね？でもその時まで絶対に生きていてね、約束よ！」

「ウゥ...」百次郎は顔を上げて小野陽子を見つめ、理解したかどうかは分からないが、低い声で応えた。

小野陽子は百次郎としばらく遊んだ後、百次郎がまだ元気そうなのを確認して地面に降ろし、弁当を取り出して、使い捨ての箸を分け、両手を合わせて「いただきます！」と嬉しそうに言った。

百次郎は彼女の足元に座り、舌を出して彼女を見つめていた。小野陽子は食べながら犬に教えた。「もし母さんが帰ってきたら、私が『逃げて』って言ったら、壁に沿って走って、音を立てちゃダメよ、分かった？」

百次郎は今回は返事をせず、ただ彼女の弁当を見つめていた。小野陽子は困ったように言った。「半分ずつって約束したでしょ？私もお腹空いてるの！はいはい、最後にちょっとだけあげる」

彼女は少しご飯を分けて地面に置くと、百次郎はすぐに舌で巻き取って口に入れ、目には喜びが満ちていた。

...

北原秀次は食事を終え、使い捨て弁当箱を丁寧に蓋をして、トイレのゴミ袋に入れた。そして床のカビを見て頭を掻いた―彼が来たときに2時間かけてカビを除去したのに、今またできていた。

日本は海洋性気候で湿気が非常に多く、このアパートも古いため、春になると至る所にカビが生え、彼には耐えられないほどだった。彼は中国の北部の出身で、そこではものが毛が生えることは稀で、すべてが乾燥していた。彼は非常に几帳面で、物事が整然として清潔であることを好んでいたため、このカビに対処できないことに非常に不快感を覚えていた。

目立つところをブラシで数カ所こすったが、あまり効果がなく、ため息をついてブラシを置き、外に戻って携帯電話を取り出してタイムテーブルを開き、掃除の時間をもっと割り当てるべきか考えた。

しばらく考えた後、思い切って週末にカビ除去の時間を2時間追加し、タイムテーブルを再調整して、週間の空き時間をすべて剣術の練習に割り当てた。

活力値が回復してほぼ満タンになったので、再び素振り棒を手に取って素振りの練習を始めた。【古流剣術】スキルのレベルが上がるにつれて、頭の中での剣術の理解もより明確になってきたようだった。

いわゆる「素振り」練習とは、剣を頭上約45度に上げ、前進しながら下に振り下ろし、ある一点で力を抜いて戻す。その一点は流派によって異なり、胸腹部で止める流派もあれば、容赦なく最後まで振り切る流派もある。

この訓練の目的は多岐にわたり、正しい剣の握り方に慣れること、腕力を上げること、力の入れ方を練習すること、持久力を鍛えることなどがあるが、最も重要なのは加減を習得することだ。必ずしも全ての一撃が相手に当たるとは限らない。もし力を抜く一点がなければ、一撃が空を切った後に戻せず、相手の反撃に対して防御できずに終わってしまう。

これは日本の剣道の基本と言えるもので、始めから終わりまで、絶え間なく続けるべきものだ。

小さな部屋は蒸し暑く、すぐに北原秀次は大量の汗をかき、さらに筋肉もまだ休息が十分でなく、今また乳酸が充満して痛みが耐え難かったが、それでも一つ一つ丁寧に剣を振り続けた―こんなに良い条件があるのに、努力しないのは本当に馬鹿げている！

汗をかいた分だけ食事を取り、成功したければまず汗を流せ！父親の力を頼れないなら、天から降ってくる幸運を待つのか？

しばらくして、剣を制御する左手の薬指と小指の力が抜け、素振り棒が手から離れた。北原秀次は左下の経験値を確認すると、【古流剣術】はまだLV5のままだった。

これも仕方がない。元々ゲームではスキルは初期段階で特に簡単で、プレイヤーにスキルの恩恵を味わわせた後に厳しくなり、そこからは努力するか課金するかしないと、レベルアップが難しくなる。これはゲーム会社の金儲けの手段の一つだった。

【日本語】スキルは五十音図を唱えて経験値を稼ぎ、LV5まで上げ、その後は日常会話で経験値を積み重ね、現在は7レベルまで来ているが、剣術は早く上げたいと思っているので、倍の努力が必要だった。

彼は荒い息をしながら座って休み、「小戦術」の本を手に取り、しっかり読もうとした。その時、外から大きな音が聞こえ、続いて怒鳴り声が響いた。