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第22章 序列の始まり

階段を上り、応接室に戻ったクラインがロクサーヌにいとまの挨拶をしようとすると、この褐色の髪をした女性はさらっと言った。

 「リーダーがね、次は月曜に来ればいいって。先に家のことを片付けてからでいいそうですよ。」

 「……わかりました。」クラインは夜を統べる者の体制がこんなに親切だとは思っていなかったので、ちょっと感動した。

 クラインは、本来なら明日は早起きして、午前中、外で「のんびり」とできる仕事の機会を利用し、ティンゲン大学までひとっ走りして、面接受付の担当教員に今後一連の手続きには参加しないと伝えるつもりだった。何しろ以前の主は、指導教員の推薦書をもらって面接試験の手続きに入っていたんだから、事情がどうであれ、きちんと話を終わらせるのが筋ってもんだろう。俺のことはひとまず置くとして、ともかく指導教員の好意は尊重しなければ。

 ただ、電話はないし、電報は1文字ごとに課金されるし。手紙なんてとてもじゃないけど間に合わない。こんな状況では、乗合馬車で直接出向くのが一番安くて妥当な方法だ。

 リーダーの特別な計らいのおかげで、クラインはそれほど疲れることもなく、ぐっすり眠って目覚め、のんびりできるようになった。

 帽子を取っていとまの挨拶をしようとして、クラインはふとあることを思い出し、あたりを見回して声をひそめて言った。

 「ロクサーヌ、教会が握っている、完全な序列の始まりってなんのことか知っていますか?」

 これは、ニールに聞くのを忘れたことだ。

 ロクサーヌは驚いて目を見開き、クラインに向かって言った。

 「超越者になりたいですか?」

 そんなにはっきり顔に出てたかな?クラインは口元に手をやり、少し恥ずかしそうに答えた。

 「世界には確かに超越的で神秘的な力があるってわかれば、そりゃちょっとは憧れますね。」

 「なんてこというの!どれほど危険なことか分かっていますか?リーダーから聞いていませんか?超越者の敵は邪教徒や黒魔術師だけでなく、自分自身でもあるのですよ!毎年のように誰かが暴走したり、犠牲になったりしていますよ!家族がどう思うか考えたことないですか?」ロクサーヌは身ぶり手ぶりを交えて語気を強め、やや過剰気味ではないかという反応を示した。「クライン、悪いこと言わないから、まじめに事務員の仕事をしてたほうがいいですよ。危ないことはほとんどないですし、給料も毎年上がりますし。何年か働いて、蓄えができたら、北区か郊外に一軒家を借りて、素敵な女性と楽しい家庭を築いて、可愛くてやんちゃなベビーと一緒に……」

 「ロクサーヌ、ストップ、ストップ!」この褐色の髪をした女性がどんどん脱線していくので、クラインはそれを止めようと額に汗を浮かべながら急いで切り出した。「僕はただ、今のところ、えーと、そう、みんなが知ってる常識ってやつを知っておこうと思っただけなんです。」

 「あらそう……」とロクサーヌは少しの間黙って目を伏せ、ばつが悪そうに言った。「父にあんなことがあったから、似たようなことが起きると私いつも、その、わかってもらえると思うんですけど、ちょっと感情的になっちゃいます。でも率直に言って、進んで夜を統べる者になった人達みんなをとても尊敬しますわ。」

 「うんうん、そうですよね。」クラインは慌てて相槌を打った。

 ロクサーヌは薄茶色の瞳をぱちぱちさせて、続けて言った。

 「父がかつて、こう言っていました。もっと強くなったから、もっと高い序列の超越者になったからって、リスク回避ができたり、危険に立ち向かったりできるようになるなんて思うな、って。それどころか、もっと恐ろしいものに遭遇することになるって。そして、未知で、恐ろしい存在に遭遇したとき、結末は、狂気と死、この二つしかないって。そう言った翌週、父は犠牲になりました……クライン、同情の目で見ないで。私は今の生活に十分満足しています、本当よ!序列がどうこうってどんなに怖いものか、あなたちゃんと知るべきですよ!」

 「僕はただ、みんなが知ってる常識を知りたかっただけで……」どんな表情をするべきなのかわからず、クラインはさっきの返事を繰り返した。

 リーダーの話は、君よりずっとわかりやすかったし、俺は超越者とまではいかなくても、もう大変な目に遭っているし……

 「わかったわ。」ロクサーヌは思案顔で言った。「リーダーやニールが言うには、人智を超越した種は減ったり消滅したりで、序列の高い強者は今の時代、ほとんどいなくなってしまったから、超越者になれるということは、ほんとにすごいことですよ!このティンゲン市とその近郊には何十万という人たちが住んでいる、たぶん、もっと多いかもしれません。でも超越者はたった30人あまりに過ぎない、推測ですけど……あ、でもあの暗い片隅で生きている邪教徒や黒魔術師たちは、数に入れていませんけど……」

 クラインの言葉を待たずに、ロクサーヌは元気を取り戻したように胸の前で拳を握ると言った。

 「そして、その30人あまりの超越者は、序列9がほとんどです!あ、ちょっと話が逸れちゃいました……」

 「かまいませんよ、それも僕が知りたい常識です。」クラインは、ロクサーヌがいつものように、あれこれよりたくさんのことを明かしてくれるといいなと思った。

 「とにかく、超越者になれるっていうだけで、本当にすごいことですよ!」ロクサーヌはもう一度繰り返した。「私たちの教会に属する完全な序列の始まりは『眠らぬ者』、序列9の『眠らぬ者』です!」

 やっぱりそうか……クラインが心の中で頷くと、ロクサーヌはここぞとばかりに一気に続けた。

「名前を聞いてわかると思うんですけど、『眠らぬ者』というのは、夜寝る必要のない人たちで、昼間3~4時間の休息があれば十分です。ふぅ、羨ましい……いえ、やっぱり羨ましくはないな。睡眠は女神の贈り物、最高に幸せなことですもの!」

 「どこまで話したっけ?ああ、そうそう、『眠らぬ者』は光がなくても暗闇を見通すことができます。夜が深まるほど、彼らは強くなります。強いというのは、どんなことも。パワー、インスピレーション、それに思考力。でもね、暗闇に潜む未知の危険を見つけることはできても、普通のやり方では太刀打ちできないモンスターに遭遇したときは、やっぱりモンスター・ハント弾とかのアイテムの力を借りるしかありません。父は昔、この『眠らぬ者』だったのですよ。」

 クラインが問いただす前に、ロクサーヌは構わず続けた。

 「そのあとには、序列8の『真夜中の詩人』、そして序列7の『夢魘』と続くわけ。」

 夢魘?クラインは即座にダン・スミスが自分の夢を導いたときのことを思い出し、確かめるように聞いてみた。

 「リーダーがそうでしょう?」

 「知ってますか?」ロクサーヌは口をぽかんと開けた。

「リーダーが夢に入ってきたことがあるんです……」クラインはあたりに目をやりながら、再び声をひそめた。

「そういうことですね……」ロクサーヌはハッとして、小声で答えた。

 そして傍らにあったコーヒーカップを手に取り、一口すすると、ほうっとため息をついて言った。

 「このティンゲン市の教会には序列7は二人しかいません。きっと、リーダーはそのうちの一人ですよ。ベークランドのような大教区に行ったとしても、リーダーがすごいことには変わりません。助祭だってリーダーより強いとは限りませんわ!」

 「リーダーって実はすごかったんですね。」クラインは笑顔で相槌を打った。

 実を言うと、昨夜のダン・スミスの登場は大したものだったから、彼はすごい超越者なんだなと、クラインは本能的に感じていた。

 「もちろん!」ロクサーヌは誇らしげに胸を張った。

 が、またすぐに別のことが頭に浮かぶと、厳しい表情で言った。「序列7より上については、どうなっているのかわかりません。夜を統べる者の中で、おそらくリーダーだけが知っているんだと思います。」

 「他の序列の始まりについてはどうですか?未完の何とかっていうらしいですけど。」もう十分かなと思ったのでクラインは話題を変えた。

 正直、ロクサーヌが話してくれた「眠らぬ者」は、確かに超越者についてクラインが想像していた通りのものだったが、だからといって、自分がなりたいと思っているものではなかった。思い描いていた完璧な「序列9」は、神秘についてあまたの知識を学び、かつ身につけていて、自分がタイムスリップした原因を解き明かし、そして将来元の世界に戻るための態勢を整えている、そんな姿だった。

 ロクサーヌは少し考えてから、ため息をついて言った。

 「そこらへんはあまり興味がないですよね。他の教会より多いってことだけは知ってますけど。女神は秘密の母でもありますから……まあ、2、3種類はあるはずですね、メンバーといえば、いつも冷たくて威圧的で、それに変なにおいがする人たちもいますけど、中には、えっと、ニールのことですけど、物知りで、面白い魔法の儀式もかなりできて、ちょっと待って、えーと、そういえば前に、自分の序列9の称号のことを言ってましたわ、ポーションの処方箋の名前……そうそう、『秘密を覗く者』!」

 面白い魔法の儀式がたくさん?秘密を覗く者?どうやら俺が探しているものに近そうだ……クラインはひそかにほくそ笑んだ。

 「それに、序列7の名前も知っていますよ!道半ばの、っていうあれよ!」話しているうちにロクサーヌは別のことを思い出し、自慢げに言った。

 「何だいそれは」クラインは知りたくてうずうずした。

 高い序列の強者が少ないか、いないかもしれない中で、序列7といったら教会の中堅だと言えるんじゃないか?

 ロクサーヌはにっこり笑うと、ちょっと得意げに答えた。

 「霊能者!」

 「デイリーさんでしょう?」クラインは思わず問い返していた。

 初めはいぶかしく思っていたクラインだが、今は思い直した。この件はそれほど驚くことじゃない。デイリーさんのようにすごい霊能力を操れるのは、序列7の強者だからなんだ!

 ロクサーヌはまた目を見開き、信じられないといった様子で聞いた。

 「ちょっと、どうしてそれまで知ってるんですか?」

 「デイリーさんには会ったことがあります。」クラインは隠さなかった。

 「そうなんですね。」ロクサーヌは羨ましいといった口調で、「このまま霊能者、デイリーさんのような霊能者になれたらなあ。そしたら私も超越者になりたい……やっぱりそんなことないけど、10分だけなら真剣に考えてもいいですね……」

 「うん、デイリーさんはね、超越者ってこんな感じなんだろうなって、想像していた通りの人でした。」クラインは少し大げさに相槌を打った。

 目的を果たしたクラインは、ロクサーヌとまた少しの間おしゃべりをしたが、他に情報がないことがわかったので、帽子を取っていとまの挨拶をし、建物を出た。

 階段を下り、クラインは数歩行ったところでふと立ち止まり、内ポケットに手を伸ばすと、またお札の感触を確かめた。

 それから12ポンド札を取り出し、左の手のひらでしっかり握りしめ、その手をズボンのポケットに入れると、握ったまま手はポケットから決して出さず、顔からは思わず笑みがこぼれていた。

 中華民族なんだから、お金を手にしたら、食いに行かなくちゃ!

 今夜はメリッサにうまいものを食わせてやろう!

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