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第1章 緋色

痛い。

ズキズキする。

頭が割れるようだ。

サイケデリックに歪み、四方からささやき声がこだまする夢の世界が一瞬で砕け散ると、熟睡していた周明瑞は、異様な頭の痛みに支配された。まるで誰かに棒で思いっきりぶん殴られているような、と言うより、何か尖ったものでこめかみをグリグリとかき回されているような痛みだった。

う……ぼんやりした意識の中、周明瑞は寝返りを打ち、頭に手をやり、体を起こそうとしたが、手足がまったく動かず、体が言うことを聞かなかった。

「なんだ、まだ夢の中か……目覚めたと思ったら、実はまだ寝ていたっていうオチなんだろ。」こういうことには慣れっこだった周明瑞は、全力で意識を集中させ、暗闇と幻覚のしがらみから抜け出そうと試みた。

だが、夢うつつの朦朧とした頭では、意志の力など煙のように儚く、コントロールが効かない。どんなに頑張っても、すぐに思考が分散し、次々と雑念が浮かんできた。

健康そのものの俺が、なぜ夜中にいきなり頭痛?

しかもこんな激痛だ。

まさか脳溢血とかじゃないだろうな。

チッ、この若さで死ぬなんて冗談じゃない。

早く、早く目を覚まさないと!

おや? 痛みが収まってきたようだ。でもまだ切れ味の悪いナイフで少しずつ切られているような感覚が残っている。

これ以上眠れないな。明日の会社はどうすれば。

いやいや、こんな頭痛を抱えて何が会社だ。もちろん休むさ。部長にブツクサ言われたって知るもんか。

まあ、会社を休めるなら頭痛もいいかもしれない。束の間の休息ってやつだ。

時折襲ってくるズキズキした痛みに少しずつ超現実的な力を与えられた周明瑞は、えいっと背筋を伸ばして目を見開くと、眠気を振り払った。

目を開くと、まずぼやけた映像が視界に入り、次にそれが淡い緋色に覆われていった。視線を移動させると、目の前に天然木のテーブルがあり、その真ん中にノートが開いた状態で置いてある。全体的に黄ばんだ、質の悪いザラザラした紙のページのヘッダーには、奇妙な文字で一行何かが書かれていた。漆黒のインクが、今にも滴り落ちそうなほど鮮やかだった。

ノートの左側には、テーブルの縁に沿って、本が7、8冊きっちりと積まれていた。その右側の壁には、灰白色の配管や配管とつながっているランプが埋め込まれていた。

ランプシェードは大人の頭半分くらいの大きさで、内側は透明なガラス、外側はステンドグラスのような黒い金属のマス目で覆われたヨーロピアンクラシカルなデザインだった。

明かりの灯されていないランプの斜め下には、黒いインク瓶がピンク色の光に覆いかぶさるように置かれ、ビンの表面には天使の絵柄が浮かんでいるのがぼんやり見えた。

インク瓶の前、ノートの右側には、ビア樽のように真ん中部分が膨らんだダークカラーの万年筆が静かに置かれていた。ペン先はかすかな光を放ち、キャップは真鍮色の回転式拳銃の横に置かれていた。

「か、回転式拳銃?」周明瑞は驚きのあまり固まった。目に入ってくるものが、自分の部屋とはあまりにもかけ離れていたからだ。

あっけにとられながらも、周明瑞はテーブルもノートも、インク瓶も回転式拳銃も、全てが緋色の「ヴェール」で覆われていることに気づいた。それは窓の外から射し込んでくる光だった。

周明瑞が無意識に頭をもたげ、ゆっくりと視線を上に移すと、

黒い「ビロード幕」のような空に懸かった赤い満月が静かに辺りを照らしていた。

「!?……」周明瑞はゾッとし、勢いよく立ち上がろうとした。しかし、両足が床に着く前に頭にズキッと痛みが走り、重心のバランスを崩し、硬い木製椅子に思いっきり尻を打ちつけてしまった。

バン!

幸い痛みはあまり感じなかったため、テーブルに手を突き、体を起こした。そして急いで向きを変え、自分がいま置かれている状況について思いを巡らせた。

あまり大きくない部屋。左右に1つずつ茶色のドアがついていて、向かいの壁際には木製の2段ベッドがある。

ベッドと左のドアの間には、上半分が両開き、下半分は5段の引き出しになったキャビネットが置いてある。

キャビネット上部の壁の、人の身長くらいの高さのところにも、灰白色の配管が埋め込まれていたが、その管がつながっているのは、ところどころ歯車やベアリングがむき出しになった奇妙な機械装置だった。

テーブルに近い右側の壁の角には、石炭ストーブのようなものが置かれ、そこに両手鍋や中華鍋などの調理器具が積まれていた。

右のドアの向こうには、2本のヒビが入った全身鏡があった。素朴でシンプルな感じの花柄の木製のスタンドがついていた。

周明瑞の目に、鏡に映った自分がぼんやりと見えた。今現在の自分が。

黒髪、褐色の瞳、リネンシャツを身に着け、ひょろっと痩せていて、顔面は普通、ほりはやや深い……

「これは一体……」周明瑞は肝を冷やし、何の足しにもならない雑然とした憶測が次々と心に浮かんできた。

回転式拳銃、ヨーロピアンクラシカルな部屋の調度、そして地球のそれとはまったく異なる緋色の月。間違いなく何かの異常が起こっていることを示しているではないか!

「まさか……どこかにタイムスリップした?」周明瑞の唇がわなないた。

ネット文学を読んで育った周明瑞は、昔からタイムスリップにあこがれていた。だが、実際自分の身にそれが起こったとなると、にわかには受け入れられなかった。

「まあ、うわべだけのあこがれだったってことか。」数十秒ほど経過し、周明瑞は半ば自嘲気味にそう言った。

もしも頭痛が収まり、クリアな思考が保てなかったとしたら、きっと夢でも見ているのだと考えていたことだろう。

落ち着け、落ち着くんだ……何度か深呼吸を繰り返し、周明瑞は懸命に冷静さを取り戻そうとした。

周明瑞の心と体がようやくバランスを回復しようとしたその時、記憶の断片が次々と脳裏に浮かんできた。

クライン・モレッティ、北大陸ルーン王国アフワ郡ティンゲン市生まれ、ホーイ大学史学科を卒業したばかり……

父親は王室の陸軍曹長、南大陸での植民地戦争で殉職。クラインはその弔慰金で私立のグラマースクールに通い、大学入試に向け環境を整えることができた……

母親は黒夜女神の信者。クラインがホーイ大学に合格した年に死去……

兄弟は兄が1人、妹が1人いて、2LDKのマンションで一緒に暮らしている……

家庭は裕福ではなく、むしろ貧しいと言ったほうが正しい。現在は、貿易会社で事務員をしている兄に頼って生計を維持している……

史学科卒のクラインは、北大陸諸国の文字のルーツとされる古フサルク、それに、古代陵墓からしばしば発見される、祭祀や祈祷にまつわるヘルメス文字をマスターしている……

「ヘルメス文字?」周明瑞の心がぴくっと反応した。手を伸ばして、痛むこめかみを押さえ、視線をテーブルの上の開いたノートに向けた。黄ばんだ紙の上の奇妙な文字が、一瞬見知らぬ文字に思え、次の瞬間には慣れ親しんだ感覚に変わり、さらに次の瞬間には解読できていた。

これはヘルメス文字で書かれている!

滴り落ちそうなほど鮮やかな深黒のインクの文字は、こう綴られていた。

「どんな人間もいつかは死ぬ。私も例外ではない。」

「ヒッ。」周明瑞はなんとも言えない恐怖を感じ、本能的にノートや文字から離れようと、体を後ろにのけぞらせた。

ひ弱な周明瑞は倒れそうになり、慌てて手でテーブルの縁をつかんだ。その瞬間、周囲がざわつき、耳もとで何かをつぶやく声がこだました。子どもの頃に、大人から怖い話を聞かされたときの感覚を思い出した。

周明瑞は首を振った。「ただの幻覚に過ぎない。」そして再び立ち上がると、ノートを見ないようにして、大きく息を吐いた。

ふと例の真鍮色に輝く回転式拳銃が目に入った。途端に、ある疑念が湧いてきた。

「クラインはあの家庭環境で、どうやってピストルを手に入れたんだ?」周明瑞は眉をひそめた。

あれこれ考えをめぐらせていたその時、テーブルの縁に赤い手形が1つ増えているのに気づいた。その緋色は月より深く、「ヴェール」よりさらに濃厚だった。

それは血で染められた手形だった。

「血の手形…?」周明瑞は無意識にさっきテーブルの縁をつかんだ右手を裏返して目を近づけた。手のひらも指も血だらけだった。

ズキズキと頭痛がまた襲ってきた。さっきよりは幾分弱まったものの、一向に止む気配はない。

「まさか、頭を怪我している…?」周明瑞はくるっと振り向き、さっきのヒビの入った全身鏡の前に歩いて行った。

鏡に映し出されたのは、中肉中背、黒髪、褐色の瞳で、インテリ気質の男だった。

これが今の俺? …クライン・モレッティ?

周明瑞は呆然とした。真夜中で薄暗く、よく見えないせいだと思い、ぶつかるギリギリまで鏡に近づいた。

頭を横に向け、ヴェールのような緋色の月光に照らして、こめかみをまじまじとながめた。

焼けただれた皮膚にふち取られた、獰猛な傷口がこめかみの真ん中を陣取っていた。周囲は血だらけ。それが鏡の映した現実だった。

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